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家パチ、家スロやってます (ガリバーブルル)


by bullsan6
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ガリバー回顧録

ご無沙汰いたしております
ガリバーブルルでおます。
今回は年寄りの独り言なので
興味ない方はパスしてください。



今日、天王寺の古代遺産に行ってまいりました
100円でいきなり一発台ジャスティーがヒット
出たコインでエキサイトジャックを打てば
たった3枚(120発)で大当たり!!しかも3連荘
最後に打ったCR蛭子・・・は
またまた100円で大当たり
そして確変継続中のまま店を出ました。
なんか恐ろしいひと時でした。

その後日本橋のオタロードでメイドさんに
声をかけられることなくスルーされ
傷心のまま難波のパチンコ店に入ったのですが
そこで発見した手打ち台CR昭和物語でしたっけ
実際初めて見たのですが・・・あれはいけません
ゲージに問題ありというか
チューリップに入らないのはね。懐かしく復活した手打ち台を見たからでは、と言う訳ではないのですが
今日は思い出を綴りたいと思います
今まで書いたブログの記事とダブったり記憶違いによる
矛盾があるかもしれませんが、ご容赦をお願いします



私が初めてパチンコと出会ったのは6~7歳頃のこと
母の実家である吹田市に行った時
パチンコ好きだった祖父を
駅前のパチンコ店に探しに行った時でした。
当時はまだ立って打っていました。
次に覚えているのは同じく祖父を迎えに
いつものパチンコ店に行くと
壁に面した台だけ椅子が設置されていました。
楽になったな~と子供心に思ったのですがお客さんは
あまり座ってなく、立って打つ台が賑わってました。


それから約10年
高校生になった私は友人のバイクに乗せられて
パチンコ初体験
最初は打たずに隣で見ていただけだったのですが
いつしか台に向かっていたのでした。
そのころ友人が打っていたのはオール10タイプ
私がオール15タイプを打っていると友人が
こっちのほうが遊べるからと呼び戻されたりしました。
確かにオール10タイプは入賞も多いし遊べるんですが
いかんせん玉が増えないんです
そんなこんなで初勝利まで約1か月費やし
勝った金額が400円(800円使用で1200円の換金)
手打ち台は忍耐がかかせません
余談ですがそのころ西陣の台によく採用されていた
バタフライチューリップ?がお気に入りで
今でもオレンジ色のチューリップを見ると嬉しくなります。

高校時代か毎日のように通い400円前後の連戦連勝
全て喫茶店代に消えましたが(笑)

そんな平和な日々は長く続かず、新しい波が押し寄せます


そう・・・電動ハンドルの登場です。
和歌山県では早く普及していたみたいですが
私は中々馴染めず、残り少ない手打ち台を探して打っていました

今考えてみると昔椅子ができたのに立って打っている人が多かったのも
なんとなくわかりますよね

そして思いもよらない大波が現れるのです
当時、手打ち台がどんどん消えていき
喫茶店の費用も稼げなくなったのを見計らったように
現れたテレビゲームのインベーダー
私はそんなにハマりませんでしたが世間では・・・

業界大騒ぎの中、ついにあの2大巨頭が現れます


そう、三共フィーバーと平和工業ゼロタイガーです。

この2機種の登場でパチンコ業界の何が変わったと思いますか?


実は・・・・・・・・・・お客が増えた以上に・・・・





投資金額が10倍になったんです



ハネ物はまだマシでしたがデジパチは・・・

今までのように千円で遊べたものが1万円でも足りない事態となり
お客は偶然に当たる大当たりに夢中になっていました。

そして連荘機、一発台と遊戯機からどんどんギャンブル機に
変わっていくことになります。


そして第3の波と言ってもいいような事態が起こってきます
増え続けてきた出玉がどんどん少なくなってきた時代
そう、現在です
マックスタイプで当たっても2ラウンド確変や8ラウンドの出玉
継続率も上がっていますが運が悪いとトホホ…ですよね。


最近はスロットばかり打っている私ですが
家では懐かしいパチンコを打っています
懐かしさだけでは無い楽しさが魅力のレトロ台
これからも大切にしていこうと思います。


やっぱり昔の機種はいいね~
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by bullsan6 | 2016-04-16 23:42 | よもやま話 | Comments(0)